【地図にない湿原を目指す❗️】~リトル比良・オトシ湿原~(#90)

ハイキング

「オトシ」は、比良山系の最高峰である武奈ヶ岳(1214m)や、観光資源として広く知られる八雲ヶ原湿原(標高約900m)と比較すると、その存在は一般には広く知られていない。しかし、標高500m台という低山帯と山地帯の移行領域に形成されたこの小規模な湿地群は、滋賀県の「特定植物群落」に指定されるなど、学術的および保全上の価値は極めて高い湿原なのだ(言い切り😁)

比良池塘シリーズ6? か 7?まずはどんなところだったのか動画をご視聴ください。

🏔️#90

ご視聴誠にありがとうございました。




「オトシ」とは?

「オトシ」ってなに???
聞き慣れない地名?ではあるが一体なんなのか?(カタカナやし😏)



地形用語(山岳用語)から

地形用語において“オトシ”や“オトシを含む地名”は、急激に標高を下げる場所、あるいは滝や崩落地形を指すことが多い。オトシの下流には巨大な「楊梅の滝」が控えており、水がそこへ向かって「落ちていく」始点としての意味合いを持つ可能性があります。


狩猟・罠としての「落とし」?

古くから山村生活が営まれてきた地域では、獣を捕獲するための落とし穴や、獣を追い落とす地形を利用した狩猟場を「オトシ」と呼ぶことがあったそうです。周辺に「獅子岩(シシ=獣)」という地名があることからも、かつてこの地域が狩猟の場であった可能性は高い。


「御年(おとし)」等の信仰地名??

可能性は低いが、神域に関連した名称であるケースもあります。楊梅の滝には大蛇の伝説があり、信仰の対象であったことから、その奥宮的な意味合いで名付けられた可能性も完全には否定できないのかも???


愛読書「比良の詩」より

『オトシ(地名)は志賀町北小松の比良・東稜の中にある。オトシの名は、北小松の住民や、同地の樹下神社・伊藤宮司の話でも古くから伝わっているが、語源はわからないらしい。「戦国時代、織田信長に追われた佐々木一族が北小松に逃げ、彼らは山上のオトシで身を隠した――」と。』

オトシのほぼ真ん中に石の道標がある。クマザサの中にコケむしてかなりの古さを感じる。ひらがなで“はたみち”と彫ってある。この道標は標高約六百㍍の地点にあり、もちろん滋賀県では一番高いところにあるもの。この道標を建てた人は江戸時代の久次郎という博労で、鹿が瀬や同町黒谷、畑へ牛・馬を売りによく来て、寒風峠越えをしていた。オトシ内で道に迷わないよう久次郎が作って建てたものだという。高島町鹿が瀬の矢盛藤士衛門さんから聞いた話である』

✅️オトシにある道標
左)「左はたみち」と刻まれている。確かに登山道は道標の左側にある。

右)解読不可能
江戸時代のものとは、ビックリである😦😦😦

※実際には、標高約520mぐらいとなります。


出典:「比良の詩 山本武人氏 1977年」より



“オトシ”と“湿原”は別で考えた方が良いのかも。
「オトシという地名、急峻な箇所または穴(凹んだ箇所)近辺(もしくは周辺)に、湿原があった、もしくはできたということなのかもしれません。
実際に、地図上で「オトシ出会(標高約520m)」という箇所が存在しています。

📸「オトシ出会」の画像。
標識と道標があり、割とひらけた場所にある。東側にあるP662に通ずる分岐でもある。






オトシ湿原ってどこなの?

ほんで、“オトシ湿原ってどこなの???”

標高502mにある「涼峠」から森林の様子が変わったように感じました。
小川が出現し、苔の生し具合が増し、山道もぬかるみはじめ、ん?もしやもうここは湿原内に入ったのか???と。

📸木の根元に生す「ミズゴケ」



滋賀県が2019年に公表した「滋賀県で大切にすべき植物群落」というものがあり、
『滋賀県では、生物多様性の保全と持続的な利用のための取組を推進するために、平成27年(2015年)3月に「生物多様性しが戦略」を策定しました。本県の生物多様性の保全を図るためには生きものを生息・生育環境と一体的に保全することが重要であることから、本県の生物多様性保全に重要な生態系の基盤である植物群落として「滋賀県で大切にすべき植物群落」を選定しました。』とあります。
※出典: 「滋賀県庁」公式サイトより

その中に、「オトシ」周辺の湿原も選定されています。

群落名比良寒風峠の湿原(105)比良オトシの湿原(101)
所在地大津市志賀町(現大津市)
位置北比良オトシの寒風峠近くの湿原(北小松)比良山地の北部の小白ヶ谷と北小松の中間地点にある湿原
標高(m)530~540570
面積(ha)0.60.5



「オトシ湿原」とは、1箇所を特定した湿原かと思っていたので、2箇所あるの?とちょっとビックリ😦😦😦
さ~、「比良寒風峠の湿原」はどこ? 「比良オトシの湿原」はどこ? となっています。
※志賀町は、2006年(平成18年)3月20日 – 大津市に編入。同日志賀町廃止。



「比良寒風峠の湿原(105)」

位置として“北比良オトシの寒風峠近くの湿原(北小松)”となっており、著者が動画で自信なさげに発していた“メインスポット”がその箇所になるのか?

📸推測される場所(水色囲い)とその景観。

しかしながら、その湿原の標高は、570~580m付近に存在しており、530~540mではない😩😩😩


「比良オトシの湿原(101)」

では、こちらの湿原は、位置として“比良山地の北部の小白ヶ谷と北小松の中間地点にある湿原”となっています。

🗺️左)
寒風峠の北側に小白ヶ谷川があり、寒風峠に向かって「小白ヶ谷」がある

🗺️右)寒風峠の南側一帯を「北小松」という地名であると思われる。

その“中間地点”となっているので、さ~どこや???(寒風峠付近のこと?)
標高が570mとなっているので、著者がいうメインスポットがこちらを差している可能性が高いように感じます。
と、なると「比良寒風峠の湿原(105)」はどこなのか???


前にも述べた“涼峠から森林の様子が変わった”辺り~寒風峠手前まで濃淡(この表現が適切なのか?)、大小(規模)は問わず、湿原もしくは湿原に近い環境化が続いているではないのか。これは“湿原の定義”に当てはまる、当てはまらないで区分されると思うが、滋賀県として代表的な2箇所を選定されたのではないかと思われます。
そうすると、「比良オトシの湿原(101)」は、著者がいうメインスポットで間違いはなく、「比良寒風峠の湿原(105)」は、「オトシ出会」から約560mほど北上した辺りを差している可能性が高いと考えられます。その地点をサブスポットと呼ぶこととし、標高が約540mとなり、選定一覧(上表)と数値が合致する。

📸サブスポットの辺り。ミズゴケがみずみずしい😊



考察

ということで、今回も私の独断と偏見に基づく考察となります🤭
「比良オトシの湿原(101)」:メインスポット
「比良寒風峠の湿原(105)」:サブスポット

🗺️こんな位置関係になるのではないか。






クマ剥ぎを発見

山道より外れた箇所で「クマ剥ぎ」を発見しました。



クマ剥ぎとは?

ツキノワグマなどが樹木の樹皮を剥がしてしまう行動、およびそれによる林業被害のことです。主にスギやヒノキなどの針葉樹が狙われ、林業関係者にとっては非常に深刻な問題となっています。


なぜ樹皮を剥ぐのか?

食べ物が不足しがちな春から初夏(5月〜7月頃)に集中して発生します。樹皮の下にある形成層(甘皮部分)は糖分を含んでおり、冬眠明けや繁殖期でエネルギーを必要とするクマにとって、手軽なカロリー源になっていると考えられています。この行動はすべてのクマが行うわけではなく、母グマから子グマへ「生きる知恵」として伝承される(学習する)傾向があると言われています。そのため、被害が特定の地域や家系に集中することがあります。



クマ剥ぎもあれば、シカ剥ぎもあるようです

クマ剥ぎとシカ剥ぎは、どちらも動物が木の皮を剥ぐ行為ですが、「痕跡の残り方」に明確な違いがあります。最大の違いは、「剥がれた皮の状態」と「幹に残る歯形」です。

クマ剥ぎシカ剥ぎ
剥がれた皮バナナの皮のように繋がって垂れ下がる、または大きな板状で落ちている。細かくボロボロに千切れて、根元に散らばっている。
幹の表面縦に平行なスジ(歯形)が残る。(櫛で引いたような跡)ツルッとしている(春夏)か、ノミで削ったような乱雑な跡(秋冬)が残る。
高さ根元から2m程度が多い(木に登って高い場所を剥ぐこともある)シカが後ろ足で立ち上がって届く範囲(約2m以下)まで。



参考

わかりやすくクマ剥ぎとシカ剥ぎの違いを図解されたサイトがありました。
岐阜県森林研究所

樹皮剥ぎの見分け方




こちらは「東京大学大学院農学生命科学研究科附属演習林」による研究紹介です。

著者がみたものは、まさしく「クマ剥ぎ」
クマの生息域に足を踏み入れている自覚を改めて突き詰められました😨



冬眠前に樹液(ヤニ)を舐める???

上記の写真②と③、樹液(ヤニ)が流れ出ている。触ると若干の弾力があり、最近のものだと考えられます。
樹種は「ツガ」かと思われ、写真③は爪痕らしきものも確認されます。
このヤニ、“クマはこれを舐めることで冬眠前に便を止める”と聞いたことがあり、その生態にビックリ😦
“春の冬眠明けに毒性の強い植物を食し、わざとお腹を壊し排便する”これもまたビックリ😦

古くからの猟師の伝承や古い文献では、「クマは冬眠前に松脂や泥、あるいはあえて消化の悪い植物を食べて肛門に栓をする」と云われてきていたそうです。

いわゆる「止め糞(とめぐそ)」と云われるもので、現在の研究ではヤニではないことが判明してきました。
研究者が冬眠中や冬眠明けのクマの直腸にある「止め糞」を実際に回収・分析した結果、以下の事実が判明しています。

〈分析結果〉
松脂や泥が主成分であるケースは確認されず、「体毛(グルーミングで飲み込んだもの)」「腸の剥離細胞」「粘液」「枯れ草(巣材)」などが圧縮されたものであることが明らかになっています。

クマは冬眠中、排泄行動を停止しますが、腸内の代謝活動(細胞の入れ替わりなど)は完全には止まりません。そのため、わずかな老廃物が数ヶ月かけて蓄積し、水分が吸収されて硬化することで、結果的に栓のようになるというメカニズムが解明されているそうです。


「地図にない湿原」どうでしたか?
昔でいう“交易路”としてよく使用されていた道。その道沿いにこの湿原が存在していた。
小規模ながら、今も水を絶やすことなく現存を続けています。過去に発電所の建設計画などもあったようで、今存在していないということは、中止になったのであろう。
今こうして自然散策ができる環境に保ち続けていただいた先人たちに感謝します。






【出典】
 ・Google Earth
 ・「比良の詩 山本武人氏 1977年」より
 ・「滋賀県庁」公式サイトより
 ・「国土地理院」公式サイトより
 ・「岐阜県森林研究所」公式サイトより
 ・「東京大学大学院農学生命科学研究科附属演習林」公式サイトより
 ・「日本のクマ―ヒグマとツキノワグマの生物学 坪田敏男氏 2011年 」より
 ・「クマはなぜ人里に出てきたのか 永幡 嘉之氏 2023年」より