滋賀県大津市・草津市・栗東市ににまたがる金勝アルプス。
まず、「金勝」ってなんて読むの?難読地名、Google変換でも出てこない😓
「コンゼ」と読むようです。
今回は、25年ぶりに再開した友人と山を楽しんできました☺️
「コンゼアルプス」はその友人のリクエスト。
梅雨明けの一発目山行。両足攣るはのポンコツオッサンコンビはクソ暑い中、昔話に花咲かせ、重たい脚を進めていく。
この「コンゼアルプス」中々見どころ満載の山域。巨岩・奇岩に圧巻し、歴史的遺構や廃林道に残された当時の産物などなど、見どころたくさんの山。
まずは動画を愉しんでください。
山行中に気になった事柄の再確認!
ここから、山行中に気になった4箇所を簡単に紹介していきます。
巨岩・奇岩「火山噴火でデカい石が飛んできた!」
山行中に様々な巨岩・奇岩が確認されました。
形がいろんなものに見えて、中々オモシロイ。思わずネーミングしたくなりました。
山行中、我々と同世代の男性2名が、左の写真をみて、「噴火で巨石が飛んできて、のっかった」と会話していました。
イメージはこうだろう(下記動画)
※最後にゴリラの顔になるのがイミフ😁(by Gemini)
「そんなわけないやろ!」と声を出して言いそうになるのを抑え、誰かが積んだとか、転がってきたものではなく、その場に残ったもので、花崗岩特有の風化の産物なのだ!

●立方体のブロックは、角の部分が3方向から、辺は2方向から、面は1方向からしか水(雨)が当たりません。角ほど風化が速く進むので、結果的に丸くなります。タマネギの皮のように同心円状に剥がれるので「玉ねぎ状風化」と呼ばれているようです。
なぜ「重なって」いるのか — 上下の岩は、元々ひとつの岩体を水平な節理が切っていた隣り合うブロック。互いの位置関係を保ったまま周りの砂だけが消えたので、そのまま積み重なった形で残っています。だから接触面はぴったり噛み合っていて、見た目ほど不安定ではありません。
そういうことです。
廃林道に残る人工物遺構
ルートマップの狛坂磨崖仏~水晶岩間に見られた、車用の標識が点々と残っている廃林道。
もちろん車が通れる道幅はあるのが、4WD車でも厳しい路面状況。これはなんなのか???
治山・砂防事業の工事用道路/管理道路
この一帯は田上・金勝の山々が江戸時代までの伐採で「田上の禿」と呼ばれる全国的なはげ山地帯となり、明治以降、本格的な山腹工事と植栽が行われてきた場所。農林省直轄の荒廃林地復旧事業から始まり、事業対象地を買い上げて金勝山国有林(456ha)となった後も「国有林整備治山事業」として継続されています。石材・セメント・苗木を谷の奥まで運び続ける必要があり、そのための運搬路が長期間にわたって整備・維持されました。事業が一段落した後に放置され、標識だけが残るという筋書きが最も有力であると考えれれます。
新名神高速道路(金勝山トンネル)の工事用道路
トンネルは狛坂磨崖仏のほぼ真下を通っています。2000年代の工事時に谷筋へ資材搬入路が入った可能性。ただし標識の劣化具合からすると、それより古い印象です。
標識の設置時期より
黄色のダイヤ形警戒標識は、昭和35年(1960年)に規格が定められたデザイン。金勝アルプス周辺で林業や大規模な砂防工事(草津川上流域の治山・砂防事業)のために作業道が本格整備された1970年代〜1980年代(昭和40〜50年代)に設置されたものが中心と見られます。工事や伐採作業の完了、道路の浸食・崩落、一般車の進入を防ぐゲート設置などにより、車が使われなくなったのが1990年代〜2000年代初頭(平成初期〜10年代)頃。車が通らなくなってから20〜30年以上が経過し、すっかり樹木やシダに覆われて山道(歩道)へと戻っていきましたが、耐久性の高い金属製の標識だけがそのまま残された状態になって考えられます。
撤去する必要があるのか?と言われると“ある”でもなく、“ない”でもないような気がします。
狛坂磨崖仏(こまさかまがいぶつ)
国の史跡にも指定されている非常に歴史価値の高い石仏(岩に彫られた仏様)中央に大きく鎮座する阿弥陀如来(あみだにょらい)坐像と、その左右に立つ観音菩薩・勢至菩薩(せいしぼさつ)立像からなる「阿弥陀三尊像」です。奈良時代末期〜平安時代初期(約1,200年以上前)に彫られたと推定されています(びっくり😆)かつてこの周辺には「狛坂寺(こまさかでら)」という大きな寺院が存在しており、この磨崖仏はその本尊、あるいは境内の最も神聖な場所として祀られていたと伝えられています。
オランダ堰堤
明治時代、日本の近代治水・砂防の基礎を築いたオランダ人技師ヨハニス・デ・レーケの指導・設計のもとで施工されたことから「オランダ堰堤」と呼ばれています。
金勝アルプス周辺は古くから花崗岩(かこうがん)が風化しやすく、山肌から大量の土砂が下流の草津川へ流れ込み、度々大きな水害を引き起こしていました。これを食い止めるための「近代砂防事業」の先駆けとして、1889年(明治22年)に完成しました。
コンクリートをほとんど使わず、地元の上質な花崗岩を丁寧に積み上げて造られた美しいアーチ形状をしており、現存するアーチ型石積み堰堤としては日本最古級の産業遺産です。
よくSNSで発信されている「金勝アルプス」
住宅地に近い、標高600m弱のこの山域も中々歴史的に興味深い場所であることがよく理解できました。
小川沿いを遡行するポイントなどもあり、“奥深い山域に来た”って感じも味わうことができました。
「まっちゃん、今度どこいく???」
【出典】
・GoogleEarth












